土井特殊鍍金工業株式会社   
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アルミニウムとは?
アルミニウムっていつからあったの?
日本にアルミニウムが入ったのはいつ?
アルミニウムってどんな特徴を活かして何に使われているの?
アルミニウムってどうやって作るの?


アルミニウムとは?

 地殻を構成する元素の中で、アルミニウム(7.6%)は、酸素(49.5%)、ケイ素(25.8%)についで3番目に多く含まれている物質で、自然界では、酸素やケイ素、鉄などと化合物を作っています。
 アルミニウムは酸素と非常に強い結合力で結び付いている物質で、長い間、従来の方法である、鉱石から炭素による熱を用いた方法で、還元して金属として分離することが出来なかったために、量産できる金属としては新しい金属の部類に入ります。
地殻を構成する元素


アルミニウムっていつからあったの?


 アルミニウムは、今からさかのぼること約200年前の1807年に、イギリスのハンフリー・デービィー(1778-1829)によって発見されました。
 ハンフリー・デービィーは、明ばんに含まれている酸化物である、アルミナと炭酸カリウムを電気分解して分離させようとしましたが、失敗におわり、酸化アルミニウムであるアルミナを得るにとどまりました。
 そこで、この未知の金属を、明ばんのalumに、金属用語特有のiumを語尾に付けて、Alumium(アルミアム)と命名しました。

 また、1821年に、南フランスのレボー村(Les Baux)で、ベルチェが、当時赤色粘土と考えられていた岩石を分析した結果、粘土ではないラテライトに似た鉱石(アルミナ分(酸化アルミニウム)を50%以上も含んでいる)を発見し、その地名にちなんでボーキサイトと名付けられました。
 ラテライトというのは、熱帯地方で特殊な地表風化作用により、火成岩が分解し、酸化鉄の多いものに変わったものであり、長い間、ボーキサイトとの区別はつきませんでした。
 現在では、ラテライトの中でもアルミナ分が特に多く、アルミナの原鉱石となるものをボーキサイトと呼んでいます。
 ボーキサイトは日本には全く存在しないので、全てを輸入に頼っています。
 主な輸入先は、オーストラリアやインドネシア、マレーシアなどです。

 そして時がたち、発見されてから18年後の1825年に、デンマークの電気物理学者、ハンス・クリスチャン・エルステッド(1777-1851)の手によって、アルミニウムの金属として、歴史史上初めて分離することに成功しました。
 つづいて1827年に、ハンフリー・デービィーがドイツに居た時の助手であった科学者、フリードリッヒ・ヴェーラー(1800-1882)の手によって分離に成功しています。
 これは、ハンス・クリスチャン・エルステッドが分離したアルミニウムよりも純粋なものでした。
 しかし、当時の抽出は実験的なものであったために、1kgあたり6000フランという高値で取り引きされたという記録も残っています。
 また、1854年にフランスの科学者サント・クレール・ドビル(1818-1881)が、フリードリッヒ・ヴェーラーの方法を改良してアルミニウムの分離に成功。この方法がフランスの学会やナポレオン三世の目にとまり、更に改良を加え、1856年に、初の製錬工場が設立されました。
 ナポレオン皇帝の大切な客には、アルミニウムのスプーンやフォークを出し、普通の客には金銀製のものを出したという話もこの頃に出来ました。
 1859年には、ロンドンで、ガーハードサント・クレール・ドビルの方法でアルミニウムの製錬が行われましたが、アルミニウムを1kg製錬するのに、高価なナトリウムを3kgも必要だったため、価格は下がりませんでした。
 1886年には、アメリカの化学者、チャールズ・マーチン・ホール(1863-1914)が、氷晶石を溶剤にしてアルミニウムを解かし、その溶液を電気分解してアルミニウムを抽出するという、今日のアルミニウム電解法の基礎となるものを発明しました。
 また、これと同時期に、フランスの学者ポール・ルイ・ツーサン・エルー(1863-1914)が、アメリカのチャールズ・マーチン・ホールと全く関り合いはなく、しかも全く同じ方法で抽出に成功し、この2人の名前をとって、ホール・エール法という名前で、アルミニウムの製造工程の一つとして現在でも使用されています。
 また、のちに、1888年にオーストラリアの化学者、カール・ジョセフ・バイヤーが、けい酸分の少ないボーキサイトをアルカリで溶解して、アルミナを抽出する方法を発明しました。
 これが現在でも使われている湿式法、もしくは、バイヤー法と呼ばれているものです。


日本にアルミニウムが入ったのはいつ?

 日本では、1867年(慶応3年)、パリの産業博覧会に、フランスの皇帝であったナポレオン三世の招きを受けて、徳川昭武渋沢栄一らの使節団が初めてアルミニウム製品を見たのをきっかけに、同年の10月に江戸開物社から刊行された日本最初の雑誌である、西洋雑誌の巻一に、「新銀ならびにアリユミニウムと名づくる金属の説」と記事が掲載されたのが始まりだとされています。
 ホールとエールがアルミニウムの製錬法を発明した翌年の1887年(明治20年)に、日本で初めてアルミニウムが輸入され、1894年(明治27年)には、大阪で初めてアルミニウムの製品がつくられました。
 そして1900年(明治33年)に、初めての家庭用のアルミニウム製品が大阪で作られ、翌年の1901年(明治34年)には、日本で初めての民間のアルミニウム器物工場、高木アルミニューム製造所(現、日本アルミニウム工業株式会社の全身)が大阪で発足しました。

 日本では、アルミニウムの消費量が世界でも多いにもかかわらず、年間350万トンの使用に対して、1%の3万トンを生産するのみで、100万トンのスクラップ以外は、すべて海外からの輸入に頼らざるをえないのが現状です。


アルミニウムってどんな特徴を活かして何に使われているの?

 元素番号13番の物質のアルミニウムは、比重が2.6から2.8くらいで、鉄や銅に比べて、重さが3分の1程度であるのと同時に、緻密な酸化物の保護膜により、腐蝕が進行しにくい為に、飛行機や、船舶、電車の車両などに多く使われています。
 熱の伝導率は、鉄の約3倍もあり、冷暖房装置に使用されています。また、電気の伝導率は、銅の60%くらいで、銅よりも劣りますが、軽量化が重視されているためと、磁気を帯びないために、送電ケーブルなどの電気関係に多く使用されています。
 光の反射率は非常に高く、純度の高いアルミニウムに至っては、銀よりも高い反射率を持っています。
 熱も光同様に反射率は高く、暖房器具の反射板や、赤外線の乾燥装置などにも使われています。また、ふく射率(その物質(この場合はアルミニウム)が熱を吸収して生ずる率)が小さいために、住宅の屋根板など、熱の出入りを押さえたいところにも多く使用されています。
 また、低温にも耐えられるというのもアルミニウムの特徴の1つで、普通の金属なら、摂氏-62度では構造材として使用できないのに対し、アルミニウムは摂氏-200度の使用に耐えることから、液化ガス関係の用途に多く使用されています。
 毒性もないことから、食器などの家庭用のものにも使用されており、溶解温度が摂氏660.2度と低いために、再利用にも適しています。


アルミニウムってどうやって作るの?

 アルミニウムの製造は、アルミニウムの原料である、ボーキサイトからアルミナを抽出する方法と、その抽出したアルミナから、アルミニウムを製造する二つの工程に大きく分けることが出来ます。
 アルミナの製造は、前述したバイヤー法によって製造します。
 バイヤー法とは、ボーキサイトを水酸化ナトリウム液で溶かすことによって、アルミン酸ナトリウム液を作り、アルミナ分を抽出します。
 そして、バイヤー法で得られたアルミナを溶解氷晶石の中で電気分解することにより、金属アルミニウムを製造します。
 これが、前述したホール・エール法と呼ばれているものです。
 この方法だと、アルミニウムを1トン製造するのに必要なボーキサイトは、約4トンにもなります。

参考文献   アルミニウム表面技術便覧  編集委員会編   軽金属出版
アルミニウム技術便覧  軽金属協会編   軽金属出版
アルミニウム技術便覧   カロス出版
朝日現代用語 知恵蔵1997   朝日新聞社